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カテゴリ:旅行記( 9 )


2007年 12月 14日

ウランバートルの衛星都市 バガヌール

ウランバートル市から東方面にあるバガヌール市へ行く。
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バガヌール市入り口。お決まりのオウォー。
ウランバートル市から車で2時間弱の距離にある。この市は、石炭の採掘で有名。街はコンパクトにまとまっていて暮らしやすそうだった。
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街のメイン広場に面する社会主義時代の建物。シンプルで単純な幾何学で構成されている。
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バガヌール市の寺院。
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ゲルの中でラマが占いをしていた。
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街中を悠々と散歩する牛。
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バガヌール市の炭鉱。炭鉱があることにより、市民の暮らしは比較的裕福との事。
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帰り道。今日はとても冷えた。木々も凍てついている。
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ウランバートル市とバガヌール市の中間にある巨大なチンギスハーン像。まだ工事中。この地域一体が公園のようになるとのこと。日本で言えば、郊外にある巨大な観音様のようなものか?チンギスハーンもモンゴル人にとって神様みたいなものだから大きければ大きいほど良いのだろう。少々馬鹿らしいが、夕日に照らされたあまりに巨大なチンギスハーン像を見て、「そんなに悪くもないかな」と思った。馬鹿馬鹿しい位の分かり安さには力強さがある、と感じた。モンゴル人にとって観光名所になることは間違いない。
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日が沈む直前の空と大地のコントラストが美しかった。
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by katojun0826 | 2007-12-14 16:27 | 旅行記
2007年 09月 16日

エルデネ・ゾー モンゴル帝国の旧都カラコラムにある寺院

今年7月の終わり頃、アルハンガイ県のハラホリンを旅行してきました。ウランバートルから、約8時間の道のりです。最近、日本でもモンゴルでも話題の朝青龍は、ここハラホリンにある彼の親族が経営するリゾート施設「ドリームランド」にいます。

エルデネ・ゾーとは、1586年ハルハ族の初の部族長アフタイ・ハーンが建立した寺院。四方が108の仏塔により囲まれ、その中に漢民族式、チベット式の寺院が混在する。モンゴル帝国の首都カラコラム(Qaraqorum、モンゴル語ではハラホリン)の建築材料を使って建てられたという。このためカラコラムは荒廃した。
場所はモンゴル高原中央部のモンゴル国首都ウランバートルから西へ400km、アルハンガイ県のオルホン河畔に位置する都市。
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108の仏塔による外壁

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ソボルガンと呼ばれる白い仏塔。チベットのチョェテン形式を受け継いだインド仏教伝来の仏舎利塔(ストゥーパ)で、釈尊の遺骨の墓標というだけに止まらず、仏法や宇宙の礼拝の対象となっている。(「地球の歩き方モンゴル」より)

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チベット式建築のラブラン寺
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漢民族式建築のゴルヴァン・ゾー
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亀石

日本で言えば、法隆寺を訪問するようなイメージに近いと思う。ここの特色として同一敷地内にチベット式、漢民族式の寺院が混在している所が面白い。さらにモンゴル装飾のテイストも入っている。
だが、「わざわざ海外からこの場所に来るほどの場所ではない」というのが、率直な感想である。写真では分からないかも知れないが、施工状態が良くなく、水平垂直がシッカリ出ていない。外壁、寺院、石畳や置物等々、荒廃しているようなイメージ。例えば、ギリシャのパルテノン神殿のように年月が経つことによって際立つ美しさであれば良いのだが、ここでは、ただただ杜撰さによる荒廃である。
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エルデネ・ゾーのすぐ近くにあった工場。おそらく小麦粉工場。日本の援助によって建てられた。ハルホリンの街とエルデネ・ゾーの中間にあり、旅行者は必ず見ずにいられない。個人的に工場の機能的・合理的な造形は好きなのだが、場所が良くないと思う。建てるときに景観を配慮した人はいなかったのだろうか?しかも道路側に日本の援助であることが分かる看板までついている。モンゴル人に対して恩着せがましいような感じを受ける。旅行者に対しても喧伝しているようだ。厚かましい様で、恥ずかしくなった。税金による巨額の援助はもっとスマートにやって欲しい。

あくまで個人的な意見である。否定的な感想かも知れないが、期待が大きかっただけにその分、ネガティブになっているのかも知れない。
しかし、魅力のある素材である事に変わりはない。ほんの少し変えたり、保存状態を良くしたり、インフォメーションをしっかりとすれば、格段と良くなるだろう。
なにしろ、ここは世界帝国のあった歴史的な場所なのだ。
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by katojun0826 | 2007-09-16 00:53 | 旅行記
2007年 09月 02日

フブスグル湖

7月下旬から8月の中旬にかけて、モンゴル国内を旅行してきました。
建築や都市を観るのが、何よりも好きなのですが、たまには自然だけの場所に行くのもいいな、と感じました。今までに考えたことがないような事を考えたりします。
時間のある時に、他の場所の写真などアップします。

8月上旬のフブスグル湖です。フブスグル湖は、モンゴル国の北側にある大きな湖です。
あまりにも広いので、モンゴル人はダライ(海)と呼んでいます。

その時の写真です。
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 フブスグル湖の南西にあるハトガルでの写真。
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 ハトガルから車で3時間くらい北上した場所。山を2時間かけて登るとフブスグル湖を一望できる。
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 透明な水。冬、氷が貼っても底が見えるほど透明との事。
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夕焼け
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フブスグル湖から車で約3時間にある町ムルン。ゲストハウスでの朝焼け。
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by katojun0826 | 2007-09-02 17:40 | 旅行記
2007年 02月 20日

学校建設プロジェクト~ボルガン記2~

バヤンアグトは人口3000人程の集落だ。街はなく、夜は明かりらしきものがない。夜、トイレに行くため外で出ると、星が手に届くくらいの怖いくらい迫力のある星空だった。標高が高いこと、そして空気が冷たく澄んでいるためだろう。私が日本で働いている福島県南会津も天の川が見えるくらいの星空だが、バヤンアグトの星空はもっと凄かった。

●2007年2月15日(木)

9時、調査開始。今回調査する建物は3つ。食堂(小学校付属)、スムのボイラー室、小学校校舎。12時終了。
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  気分が悪くなるくらい傾いた食堂。現在も児童がここで食事している。
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 いつ燃えてもおかしくない木造のボイラー室。
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 40年以上前に建てられた小学校。不整形の石を積み上げつくられている。

今回の調査の目的は、現在使用されている材料を有効に利用しながら、いかに予算をかけずに良い建物を村人たちに提供できるか、という事に要約される。
ウラ、オガワ、私で今後のその方針を話し合う。合理的で面白いアイデアがいくつか話し合われ、方向性が決定する。
15時から村人にその内容を伝え、快諾を得る。

16時半、バヤンアグト村を出発しボルガンへ20時着。街外れのスイス風コテージのレストランで夕飯を食べる。
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おすすめ料理のキノコ、卵と羊肉の炒め物。ボルガン市で最高峰の料理とのこと。


●2007年2月16日(金)

9時から昨日の調査内容をボルガン県庁内の学校建設プロジェクトのオフィスでまとめる。お昼に街へ出て食事がてら、ザハなどを見て回る。
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 ツァガーンサル前で街はウキウキとしているようだ、普段は数店しか出ていない屋外ザハにも20店舗ほど軒を連ねていた。

19時終了。測量した図面を起こし、新築の建物のプランニングとデザインを描く。久しぶりに設計したので、充実した気分を味わう。
夕飯は、ウラ邸でウラ、オガワ、バンノ(ボルガンで活動中)と私の4人で食事する。村人からもらったという魚をウラ、オガワが調理し、ご馳走になる。


●2007年2月17日(土)

朝ボルガンの街中を散策してから、ボルガン市を見下す丘に登る。
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 ボイラーの煙突からは石炭による煙。集落から出ている煙は石炭ではなく、木材によるもの。ここボルガン県はモンゴル内で珍しく木材が豊富だ。ツァガーンサル前で特に煙がでているのだろう。
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 途中、シュールな建物を発見。後でウラさんに聞いてみると、消防署の持ち物らしい。用途は不明。

12時半、ボルガンを出発し、エルデネットへ。13時半着。街を散策する。エルデネットはモンゴル国内で第二の都市だ。ここもツァガーンサル前で、賑やかだ。
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しかし、ちょっと休憩しようと思っても食堂やカフェがまったく営業していない。夜行の汽車で帰ろうと思ったが、予定を変更して、乗り合いタクシーでウランバートルへ戻る。
20時半ウランバートル着。どこかで夕飯を食べようと歩き回るが、どこもやっていない…
家に帰って、簡単に食事をつくり就寝。

ハードだが、充実した五日間だった。
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by katojun0826 | 2007-02-20 11:32 | 旅行記
2007年 02月 18日

学校建設プロジェクト~ボルガン記1~

学校建設プロジェクトとは、住民参加型によるプログラムです。モンゴル国内の学校関連の建物を主として、地域住民と共に建設するという内容です。学校をつくるという第一目的と、建設のノウハウを村に残していくという目的もあります。「作って終わり」ではなくその後もモンゴル人自らが学校や建築を続けていくことを意図したものです。
そのプロジェクトに、調査・プランニングの段階で参加することになり、ボルガン県に行ってきました。
以下、旅行記です。蒼天滞在記とほぼ同じ内容なので、あしからず。

●2007年2月13日(火)

20時55分エルデネット行きの夜行列車がウランバートル駅を出発する。

ツァガーンサル(モンゴルの正月)前のためか駅は混んでいて、ホームは汽車からの石炭を燃やした煙でもうもうとしている。
出発30分前に汽車に乗り込む。乗ったのは4人収容の寝台車。私とモンゴル人女性の3人だった。モンゴル人女性の一人は昼間から飲んでいたらしく、ハイテンションだった。
「私が降りるまで寝るんじゃないわよ」
という感じで、飲みに付き合わされ、なぜか彼女のビール分までお金を払わされる。「はやくダルハンに着かないかな」と願っていると、
「ダルハンに着いたら起こしなさい」
と、自分ひとりで寝てしまう。私のベッドで寝てしまったので、成すすべもなくダルハンまで寝られず。彼女の入れ替わりでモンゴル人男性が入ってきて、ダルハンからは、ゆっくり眠ることが出来た。


●2007年2月14日(水)

8時頃エルデネット着。同室のモンゴル人の親が迎えに来ていて、エルデネット市内のバス乗り場まで送ってもらう。同室の一人にはさんざんだったが、もう一人に良くして貰ってトントンかな。

8時半にエルデネットから定期タクシーのような車でボルガンへ向かう。タクシーはロシア製の「69」という軍用ジープ。どんな悪路にも強く、修理も簡単というので、モンゴル人に重宝されている車だ。定員はどうみても5名だが、大人8人子供1人が乗っている。無理な姿勢でボルガンまで苦行のような一時間。降りたら体の節々が痛かった。
9時半、県庁舎に行き、ウラさんに連絡。ウラさんは学校建設プロジェクトのリーダーのような仕事をしている。モンゴル人や援助団体から予算をかき集め、役員や村人、現場の隊員やJICAなどと均衡しながら仕事の完遂を目指す。基本的にモンゴル人のお金を使って、住民を参加させながら、建物をつくっていくため、相当な苦労と困難があるようだ。
15時に、今回の調査地バヤンアグトへ出発するとのことで、午前中はからだを休める。午後、ウラさんと今回の調査に関して話し合い、ついでにゲル地区の調査に関して話してみる。
興味を持ってもらったようだ。
学校建設プロジェクトの豊富な経験によるなんらかの協力があれば、この調査の今後の発展性も上がるだろう。
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15時15分バヤンアグトに出発し、19時半に到着する。バヤンアグトまでの140キロの道のりは悪路だったが、モンゴルの自然を鑑賞することが出来た。
     
到着後、現地で実際の工事を行うオガワさんと他の活動をしているミナミさんとともに夕食を食べ、調査と今後の方針に関して打合せをする。

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ちょっと長いので、分けました。まだ続きます。
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by katojun0826 | 2007-02-18 18:33 | 旅行記
2006年 08月 05日

クロード・ニコラ・ルドゥー

f0014870_11383558.jpgまだ、20代だったころ、フランスへ一ヶ月間旅行しました。
目的は、学生時代、夢中になっていたル・コルビジェの建物を見るためです。
コルビジェに関しては、別の機会に紹介するとして、その時、偶然出逢った建物を紹介します。
f0014870_11385949.jpgクロード・ニコラ・ルドゥーという18世紀末のフランス革命期の建築家の建物です。
“ラ・ヴィレットの関門”といいます。
1784-1789年に建てられた200年以上昔の建物です。
偶然前を通りかかり、見学させてもらいました。
当時のスケッチ帳に残した文章をそのまま添付します。
f0014870_11392889.jpg<この建物に、外観からは分からない衝撃的でドラマチックな演出が用意されていた。古典的なペディメント(しかし、非常にストイックにまとめられていて装飾は排除されていた)をもつ柱の間を入っていき、薄暗いエントランス空間へ。
その突き当たりの窓ガラス越しに光が見える。
外部から見える円筒状のボリゥームは刳り貫いてあって、空をそのまま取り入れていた。
純粋なまでのシンメトリーと純粋な幾何学の美しさに体の奥底で何かを感じた>

その旅行から6年が過ぎました。
今でもその時の強烈な印象を生々しく覚えています。
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by katojun0826 | 2006-08-05 10:11 | 旅行記
2006年 06月 01日

スカンセン3

f0014870_16213386.jpgスカンセンの3回目です。
しつこいですが、とても印象的な場所だったので…
今回で最後です。

ログハウスは木材を積み上げて壁をつくるため、見た感じが、がっしりとした、とても安定感のある建物が通常です。
その分、重量感のあるもっさりとした印象になりがちです。
ここのログハウスは、地盤面から浮いています。
積雪量が多いためでしょうか?
本来重たく見える建物が、軽やかに存在している感じです。
f0014870_16382949.jpg単純な木の柵です。
それなのに奥へ、すぅっと導かれるようなアプローチです。
f0014870_16341554.jpgただ木材を立て掛けてあるだけなのですが…
北欧の人にセンスを感じるのは私だけでしょうか?
f0014870_16295610.jpg暖炉がどの民家にも備え付けてあります。
寒く長い冬に暖をとり、時に調理にも使われます。
実用的です。
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f0014870_16244765.jpg緑の生える屋根に突き出た煙突が青い空によく映えています。

レンガを積み上げ、白い漆喰で仕上げられている実用的な暖炉と煙突に彫刻作品のような美を感じました。
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by katojun0826 | 2006-06-01 22:45 | 旅行記
2006年 05月 27日

スカンセン2

f0014870_23381165.jpg前回のスカンセンの続きです。
木造でこの形態と高さはちょっと驚きです。
柱・壁とも、ウッドシェイク(木葉葺き)になっています。
なんだか今にも動き出しそうな雰囲気です。
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前回紹介した建物同様、ここも屋根が低く、そして勾配のある土地にうまく建っています。
屋根の高さが極端に低いように感じますが、身体的なスケール感のためか、親近感を感じる建物です。

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f0014870_23484937.jpg中庭式の民家も多くありました。
中には、このようにレストランの屋外テラスやお弁当が食べられるスペースになっていました。
f0014870_23402133.jpg当時の民族衣装を着ている人が建物を案内していたり、この写真のように実演していたりする所もあります。

あと一回、次回もスカンセンを紹介したいと思います。
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by katojun0826 | 2006-05-27 10:44 | 旅行記
2006年 05月 20日

スカンセン

f0014870_2131518.jpg旅行で見てきた建物を少しづつプログでまとめてみようと思います。
まず始めに、先週の土曜日、学生に紹介した北欧の建物から始めようと思います。

スウェーデンにあるスカンセンという場所です。
ここには、16世紀くらいの民家、教会などの建物が約150棟ほど、展示されたテーマパークです。

f0014870_21321597.jpgひとつの小山にそれらの建物が点在していて、散歩がてら園内を楽しめます。
他のテーマパークに見られる「派手さ」が少ないのですが、訪れる人の多さにビックリしました。古い建物によって、これだけ多くの人を呼び寄せることができるからです。

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f0014870_2134722.jpg北欧の人には、大柄な人が多いです。でもこの写真のように天井に頭がぶつかるくらい屋根の低い建物が多くありました。

f0014870_21345292.jpg地盤面に屋根がとても近く、そしてその屋根に草が生えています。

「自然と共に暮らす」
そのようなことを実感できる建物でした。
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by katojun0826 | 2006-05-20 09:41 | 旅行記